つらいことや悲しいことがあったとき、あるいはものすごく大きなストレスに押しつぶされてしまったときなど、
気持ちが沈むとともに食欲までなくなってしまいます。
文学の世界では失恋のショックで食事が喉を通らなくなってしまい、みるみる痩せていって死んでしまうヒロインがたびたび登場するように思います。
そんなときにはゆっくりと休むことが一番大切ではあるのですが、それでもある程度食事を食べなければ元気も回復しません。
漢方では食事を食べてそこから後天的な生命エネルギー(元気)を作りだすと考えています。
そのため、消化器が元気であることが大切です。
漢方では消化器のことを脾(ひ)と呼びます。あるいは中(ちゅう)とも呼びます。
漢方薬の一覧表などを眺めていると、いかに漢方で消化器が重視されているかがわかります。
大建中湯(だいけんちゅうとう)、小建中湯(しょうけんちゅうとう)、当帰建中湯(とうきけんちゅうとう)、黄耆建中湯(おうぎけんちゅうとう)などは読んで字のごとく「お腹(消化器)を立て直して元気を取り戻そう」という目的の薬です。
あるいは啓脾湯(けいひとう)、帰脾湯(きひとう)なども「脾」という字が入っており、消化器を元気にしようという目的があります。
漢方薬で「元気をつける薬」といえばもっとも有名なのは「補中益気湯(ほちゅうえっきとう)」であろうと思います。
これもよく見ると「中」の字が使ってあり、消化器を元気にすることで結果的に体全体の気を補充しようという目的に作られています。
さて、今回のテーマは「気持ちが沈んで食欲が出ない」というものでした。
心がしおれてしまうと、元気を作りだす消化器のはたらきも低下してしまうのですね。そのため食欲がなくなってしまいます。
このような状態を漢方では「気鬱(きうつ)」と言います。元気の巡りがどこか一点で詰まってしまってとどこおってしまった状態です。気持ち的にもうつうつとしています。
心がしおれてしまい、食欲がなくなってしまった時には「香蘇散(こうそさん)」という漢方薬を使用します。
もともと胃腸が虚弱な人に使うことが多い薬ですが、香蘇散を使用するような状況ではみぞおちのあたりが痞える感じがしたり、少し吐き気があったり、なんだかめまい感がしたり、軽い頭痛があったりします。
香蘇散にはシソの葉が含まれているので、独特のスーっとした風味があります。それが食欲を回復させるのでしょうね。
あれこれある気鬱の治療薬の中から香蘇散を選ぶときのポイントがあります。香蘇散が効くタイプの気鬱の人は、自罰的な傾向にあります。
「自分はダメなんだ」「自分のせいでこうなった」などの思いを抱えていたりするのがポイントです。
実は胃腸がよわい方がカゼをひいたときにも同じような状態になるため、カゼ薬としても香蘇散の出番は多くあります。
漢方の有名な教訓に「カゼに葛根湯や桂枝湯を用いるのは鶏を殺すのに牛刀を使うようなものだ」というものがあります。この教訓が生まれた頃は生薬を煮出して内服する煎じ薬しかなかった時代ですが、葛根湯や桂枝湯はチフスやインフルエンザなど重篤な感染症を治療するための薬でしたので、たかがカゼの治療に使うのは「やりすぎだ」という戒めの言葉です。そんなカゼに対して用いたいのが香蘇散なのです。
その他に香蘇散の出番として有名なのは「魚アレルギー」です。「サバを食べたあとにジンマシンが出てしまった」などの場面でも香蘇散を処方します。やはりシソの葉がアレルギーを抑える効果がありますので、それを応用しているのですね。
今回はご家庭の常備薬にしておきたい「気うつ」の治療薬「香蘇散」をご紹介しました。
それにしても「心がしおれる」という表現は、日本語の感性の豊かさが現れていますね。
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