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何度ダイエットしても戻ってしまう―リバウンドは『意志が弱い』から? -肥満治療のパラダイムシフトPart⑧/8(完結編)-

2026/10/14
「今度こそ痩せよう!」
そう決意して食事を減らし、運動を始める。
3か月頑張って5kg減った。半年後には10kg減った。ところが……

少しずつ体重が戻り始める。
そして1~2年後には、ほとんど元通り。
「また失敗した」「自分は意志が弱いんだ」そう思った経験はありませんか?

でも、ちょっと待ってください。
ダイエット後に体重が戻りやすいのは、本当に「意志が弱い」からなのでしょうか?

実は人間の身体には、減った体重を元に戻そうとする生理的な仕組みがあります。今回は「リバウンド」を医学的に考えてみましょう。

■人間の身体は「痩せ続ける」ようにはできていません

人類の長い歴史の大部分では、「食べ物が多すぎて困る」よりも、「食べ物がなくて困る」ことの方が大きな問題でした。
そのため私たちの身体には、エネルギー不足から身を守る仕組みが備わっています。

食事を減らして体重が落ちてくると、「このままではエネルギーが足りなくなる」と身体が反応します。
すると、食欲やエネルギー消費に関係するさまざまな生理的変化が起こります。

■痩せると、むしろ「お腹が空く」?

食欲は「我慢できるかどうか」だけで決まっているわけではありません。
脳、とくに視床下部を中心として、レプチン、グレリン、GLP-1、GIP、インスリンなど、多くのホルモンや神経系が関係しています。そして体重を減らすと、食欲を抑える方向のシグナルが弱くなったり、空腹を感じる方向へ身体が変化したりすることが知られています。

実際、減量後にも食欲に関係するホルモン変化が長期間残ることが報告されています。
つまり、「痩せた後ほど食事を我慢するのが大変になる」ことがあるのです。

しかも身体は「省エネモード」になります。
もう一つ重要なのが、エネルギー消費です。体重が減れば、身体を維持するために必要なエネルギーも少なくなります。
しかし、それだけではありません。減量後には、体格が小さくなったことから予想される以上にエネルギー消費が低下する場合があります。
これを「代謝適応」などと呼びます。簡単にいえば、
食事を減らす
↓
体重が減る
↓
食欲が強くなる
+
消費エネルギーが減る
↓
体重が戻りやすくなる
ということです。
ダイエットとは、実はこの身体の防御反応との長期戦でもあるのです。

■そこで登場した「食欲そのもの」に働く治療

近年、この肥満治療の考え方を大きく変えたのが、GLP-1などの生理的な食欲調節機構を利用した薬です。
GLP-1受容体作動薬のセマグルチドや、GIP/GLP-1受容体作動薬のチルゼパチドなどです。
これらの薬は、中枢神経系を含む複数の経路を介して食欲やエネルギー摂取に影響します。

そのため患者さんから、
「以前ほど食べたいと思わなくなった」
「少ない量で満足できるようになった」
という変化が聞かれることがあります。

これは単純に、「薬で無理やり我慢させている」というより、人間が本来持っている食欲調節システムに作用していると考えた方がよいでしょう。

では、薬を使えばリバウンドしないのか?ここが非常に重要です。
答えは、「そうとは限りません」です。
セマグルチド2.4mgを調べたSTEP 1試験では、大きな体重減少が認められました。しかし、その後薬を中止した人たちを追跡するとどうなったでしょうか?

治療終了時には平均17.3%体重が減少していました。
ところが薬を中止して1年後には、そのうち約3分の2に相当する体重が戻っていました。
つまり、薬で一度体重を減らせば、その効果が永久に残るわけではないのです。

■チルゼパチドでも同じことが分かっています

チルゼパチドを調べたSURMOUNT-4試験も興味深い研究です。
まず参加者全員が36週間チルゼパチドを使用し、平均20.9%体重が減少しました。

その後、「チルゼパチドを継続するグループ」と「プラセボへ切り替えるグループ」に分けました。
すると52週間後、継続した人ではさらに体重が減少しました。一方、薬を中止したグループでは体重がかなり戻りました。

これも、肥満治療は「一度痩せたら終了」という単純な治療ではないことを示しています。

しかしこれは「一生薬を飲み続けなければならない」という意味でしょうか」?
必ずしも、そこまで単純には言えません。どのくらいの期間薬物療法を続けるべきなのかは、肥満の程度、合併症、生活習慣、薬の副作用、費用などによって一人ひとり異なります。

しかし少なくとも、「3か月薬を使って10kg痩せたら治療終了」という発想だけでは、肥満という病態を十分に理解しているとはいえません。
重要なのは、薬を使用している期間を、「痩せるための時間」だけではなく、生活習慣を作り直す時間として利用することです。

■減量中に「筋肉」を失わないことも大切

体重を減らすとき、減ってほしいのは主に余分な脂肪です。
しかし食事量だけを極端に減らすと、筋肉まで失う可能性があります。筋肉は身体を動かすためだけではなく、糖代謝にも重要な組織です。

そのため減量中こそ、
✓ 十分な蛋白質を摂る
✓ 無理のない範囲で筋力トレーニングを行う
✓ 歩く習慣を作る
✓ 睡眠を整える
✓ 食生活そのものを見直す
といった取り組みが重要になります。薬物療法を行う場合も、ここは変わりません。

■「ダイエットに失敗した」ではなく「維持する治療を考える」

何度もダイエットして、そのたびにリバウンドしてきた方。
それは、「あなたの意志が弱かった」だけではないかもしれません。
人間の身体そのものが、減った体重を取り戻そうとする性質を持っているからです。
だからこそ肥満治療では、「どうやって痩せるか」だけではなく、「どうやって維持するか」まで最初から考える必要があります。

当院では、単に短期間で体重を落とすことだけではなく、食事、運動、筋肉量、睡眠なども含めて、長期的に体重と健康を管理する方法を一緒に考えていきます。
必要な場合には薬物療法についても相談しますが、薬はあくまで治療を支える選択肢の一つです。
目標は、「一番痩せていた日の体重」を作ることではありません。

その体重を無理なく維持しながら、元気に動き、食事を楽しみ、健康に暮らしていける身体を作ること。
それこそが、本当の意味での「ダイエット成功」なのではないでしょうか。

いつの日も こころ楽しく すこやかに 
(参考文献)
・N Engl J Med 2011;365:1597-1604
・Diabetes Obes Metab
. 2022 Aug;24(8):1553-1564.
・JAMA
. 2024 Jan 2;331(1):38-48.

メタボリック症候群の本当の病態とは? -肥満治療のパラダイムシフトPart⑦/8-

2026/10/9
健康診断を受けるたびに、
「血圧が高くなっていますね」
「血糖値も少し高いですね」
「中性脂肪も高いですね」
と言われる項目が、少しずつ増えていませんか?

血圧が高ければ「高血圧」。
血糖が高ければ「糖尿病」。
コレステロールや中性脂肪が高ければ「脂質異常症」。

それぞれ別の病気ですから、必要に応じて適切な治療を行うことはもちろん大切です。
でも、ここで一度こんなことを考えてみてください。
「どうしていくつもの異常が同じ時期に出てきたのだろう?」
実は、それぞれ別々に見える異常の背景に、一つの共通した問題が隠れていることがあります。

たとえば、ある40代の男性を想像してみましょう
若い頃は体重65kgだった男性が、仕事が忙しくなり、運動する時間が減って、現在80kgになったとします。
健康診断では、血圧 145/90mmHg、HbA1c 6.1%、中性脂肪 220mg/dL、そして脂肪肝。

すると、「血圧を下げましょう」「血糖値に注意しましょう」「中性脂肪も高いですね」「肝臓にも脂肪があります」と、それぞれの異常について説明されます。

もちろん、それは間違いではありません。
しかし、この人の身体の中で、4つの病気が偶然同時に始まったのでしょうか?
必ずしもそうではありません。

■正体は「内臓脂肪」

肥満には、皮下脂肪が多いタイプと、内臓の周囲に脂肪が蓄積する「内臓脂肪型肥満」があります。
内臓脂肪が増えてくると、単にお腹が大きくなるだけではありません。脂肪組織は、エネルギーを蓄えているだけの倉庫ではなく、さまざまな生理活性物質を分泌する組織でもあります。

内臓脂肪が過剰になると、
✓ インスリンが効きにくくなる
✓ 血糖が上がりやすくなる
✓ 中性脂肪が増えやすくなる
✓ 血圧が上がりやすくなる
✓ 脂肪肝が起こりやすくなる
など、身体のいろいろな場所に影響が現れます。
これが、いわゆるメタボリックシンドロームを考える基本的な考え方です。

■「インスリン抵抗性」を理解しよう

特に重要なのが、「インスリン抵抗性」です。
インスリンは、血液中のブドウ糖を筋肉などへ取り込ませるために重要なホルモンです。
ところが内臓脂肪が増え、身体活動が低下するなどすると、インスリンが効きにくくなることがあります。
すると身体は、「効きにくいなら、もっとインスリンを出そう」とします。
最初のうちは膵臓が頑張るため、血糖値がそれほど高くならないこともあります。
しかし、その裏側ではすでに代謝のバランスが崩れ始めている場合があります。

そして長い時間をかけて、
肥満
↓
インスリン抵抗性
↓
高血糖・脂質異常・高血圧・脂肪肝
という、複数の問題が表面に現れてくるのです。

■「血圧の薬を飲めば体重も減る」わけではありません

ここで少し視点を変えてみましょう。
高血圧になれば、必要に応じて降圧薬を使います。LDLコレステロールが高く、心血管リスクが高ければ、脂質を下げる薬が必要になることがあります。糖尿病になれば、血糖を適切に管理することも重要です。これらの治療によって心筋梗塞や脳卒中などを予防することには、大切な意味があります。

ただし、血圧を下げても、それだけで内臓脂肪がなくなるわけではありません。
そこで、「下流に現れた数字を治療する」ことと同時に、「その上流にある肥満や生活習慣にも介入する」という二つの方向から考える必要があります。

■体重を減らすと、一つだけではなく複数の数字が動く

肥満に対する大規模な臨床試験では、体重減少に伴って血糖だけでなく、血圧や脂質など複数の代謝指標が改善することが報告されています。

たとえばGIP/GLP-1受容体作動薬チルゼパチドを検討したSURMOUNT-1試験では、糖尿病のない肥満または過体重の人を対象に72週間治療したところ、大きな体重減少とともに心血管・代謝関連指標にも改善が認められました。またGLP-1受容体作動薬セマグルチドを検討したSTEP 1試験でも、体重減少とともに血圧や脂質などの改善が報告されています。

もちろん、「薬で痩せれば全部の病気が治る」という意味ではありません。
しかし、複数の代謝異常が肥満という共通した背景を持つ場合、体重に介入することによって複数の問題が同じ方向に動く可能性がある、という点は重要です。

では、薬で痩せれば降圧薬もコレステロールの薬もいらないのでしょうか?
これも違います。高血圧、糖尿病、脂質異常症には、それぞれ治療目標があります。

すでに動脈硬化が進んでいる人や心筋梗塞・脳卒中のリスクが高い人では、適切な薬物治療を先送りすることはむしろ危険です。
また、肥満治療薬にも副作用や使用できない場合があります。
大切なのは、「AかBか」ではなく「AもBも必要かもしれない」と考えることです。

血圧は血圧として適切に治療する、血糖は血糖として管理する。
そして同時に、「なぜこれらの異常が起きたのか?」という上流にも目を向けることが重要なのだと思います。

■健康診断の結果を「一枚の絵」として見てみる

健康診断の結果が届いたら、異常値を一つずつ見るだけではなく、全体を眺めてみてください。
✓ ここ数年で体重が増えた
✓ 腹囲が大きくなった
✓ 血圧が上がってきた
✓ HbA1cも上昇してきた
✓ 中性脂肪が高い
✓ 脂肪肝もある
もし、これらが一緒に起きているのであれば、それぞれが独立した問題ではなく「内臓脂肪や代謝異常」という一枚の絵として考えられるかもしれません。

■「何の薬を飲むか」の前に、「なぜこうなったか」を考える

当院では、単に「何kg痩せたいですか?」だけではなく、体重、腹囲、血圧、血糖、脂質、肝機能、生活習慣などを含めて身体全体を考えていきます。
基本となるのは、もちろん食事と運動です。そのうえで、肥満による健康障害がある場合などには、状態に応じて薬物療法について相談することもあります。

血圧・血糖・中性脂肪・脂肪肝…
一見バラバラに見える健康診断の異常値。
でも身体の中では、すべてがつながっていることがあります。
だからこそ、「この数字をどう下げよう?」だけではなく、「なぜこの数字が上がったのだろう?」と考えてみる。
そこから本当の生活習慣病対策が始まるのではないでしょうか。

いつの日も こころ楽しく すこやかに 


(参考文献)
・N Engl J Med 2022;387:205-216
・N Engl J Med 2021;384:989-1002

脂肪肝だからって甘く見ていませんか? -肥満治療のパラダイムシフトPart⑥/8-

2026/10/7
健康診断で、「脂肪肝がありますね」と言われたことはありませんか?

でも肝機能はそれほど悪くない。
お酒もそんなに飲まない。
身体の調子も特に悪くない。

「まあ、少し太っているからでしょう」そう思って、そのままにしている方も多いと思います。
しかし最近、脂肪肝に対する医学の考え方は大きく変わってきています。

脂肪肝は単に「肝臓に脂肪がついているだけ」ではなく、身体全体の代謝状態を映していることがあるからです。

■お酒を飲まなくても脂肪肝になります

脂肪肝というと「お酒を飲み過ぎた人の病気」というイメージがあるかもしれません。
しかし実際には、お酒をほとんど飲まなくても脂肪肝になる人はたくさんいます。
その背景として重要なのが、
✓ 肥満
✓ 内臓脂肪
✓ インスリン抵抗性
✓ 2型糖尿病
✓ 脂質異常症
✓ 高血圧
などです。

こうした代謝異常と深く関連した脂肪性肝疾患を現在では、MASLD(代謝機能障害関連脂肪性肝疾患)と呼びます。
以前は「NAFLD(非アルコール性脂肪性肝疾患)」と呼ばれていた病態です。

■脂肪肝は「代謝の成績表」かもしれません

食べ過ぎや運動不足などによって余ったエネルギーは、脂肪として蓄えられます。
最初は皮下脂肪。さらに内臓脂肪。そして肝臓にも脂肪が蓄積していきます。
特に内臓脂肪が増え、インスリンが効きにくい「インスリン抵抗性」が強くなってくると、脂肪酸の流れや肝臓での脂質代謝にも異常が生じます。

すると、「肥満→内臓脂肪増加→インスリン抵抗性→肝臓への脂肪蓄積」という流れが起こります。
ですから私は、脂肪肝を患者さんに説明するとき、「肝臓は身体の代謝状態を映す鏡のようなもの」と考えると分かりやすいと思っています。

■脂肪肝にも「進行するタイプ」があります

もちろん、脂肪肝がある人すべてが重い肝臓病になるわけではありません。
しかし一部では、単に脂肪が蓄積するだけではなく、肝臓に炎症や肝細胞障害が起こります。
これを、MASH(代謝機能障害関連脂肪肝炎)と呼びます。
さらに炎症が長期間続くと、肝線維化→肝硬変へと進行する場合があります。

ですから重要なのは、「脂肪肝があるか、ないか」だけではありません。
「肝臓に炎症や線維化が起きていないか」という視点も必要になります。

そしてもう一つ、とても大切なことがあります。
MASLD/MASHの患者さんでは、肥満、糖尿病、高血圧、脂質異常症などを合併していることが珍しくありません。
そのため長期的な健康を考える場合、「肝臓の数値だけを正常にする」という発想では十分ではありません。
体重、血糖、血圧、脂質、心臓や血管まで含めて考える必要があります。

つまり脂肪肝を指摘されたことは、身体全体の代謝を見直すきっかけ(今ならまだ間に合う!)とも考えられるのです。

■体重を減らすと肝臓も変わる?

ここで重要になるのが「減量」です。
脂肪肝の治療では、食事や運動などによって体重を適正化することが基本になります。
そして近年、この分野でもGLP-1受容体作動薬が研究されています。

2025年に報告された大規模臨床試験、ESSENCE試験 では、MASHがあり、中等度~高度の肝線維化を持つ患者さんを対象として、セマグルチド2.4mgとプラセボが比較されました。
セマグルチドは、日本では肥満症治療薬「ウゴービ」に使われている成分です。

72週間後、セマグルチド群では体重が平均10.5%減少しました。
さらに、MASHが改善し、肝線維化を悪化させなかった人
そして、肝線維化が改善し、MASHを悪化させなかった人
の割合も、プラセボ群より高いという結果でした。

この結果は驚異的なものであり、セマグルチドが単なるダイエット薬ではなく代謝改善・抗炎症効果を有するマルチエフェクトな薬であることを示唆するものです。

■では「脂肪肝ならウゴービ」なの?

もちろん、そうではありません。
ESSENCE試験の対象となったのは、単に健康診断で「少し脂肪肝があります」と言われた人ではありません。
肝生検によってMASHと診断され、さらにF2~F3という一定以上の肝線維化を持つ患者さんです。

したがって、「脂肪肝がある人はウゴービを使えば肝臓が治る」と解釈することはできません。
そして何より、脂肪肝治療の基本は食事、運動、適正体重の維持です。
薬だけですべてを解決するという話ではありません。

■「肝臓の薬」ではなく「身体全体」を考えてみる

健康診断で脂肪肝を指摘されたら、

✓ 最近体重が増えていないか
✓ 腹囲が大きくなっていないか
✓ 血糖値が上がっていないか
✓ 中性脂肪が高くないか
✓ 血圧が上がっていないか

も一緒に確認してみてください。

脂肪肝だけを単独で治そうとするより、その背景にある肥満や代謝異常を改善することの方が重要な場合があります。
当院では体重だけを見るのではなく、血糖、血圧、脂質、肝機能、生活習慣などを含めて身体の状態を考え、食事・運動療法を基本として、必要に応じて薬物療法についてもご相談しています。

健康診断に書かれた、「脂肪肝」という三文字。
症状がないからといって、侮ってはいけません。
でも、怖がる必要もありません。

脂肪肝はもしかすると、
「そろそろ身体全体の代謝を見直してみませんか?」
という肝臓からのメッセージなのかもしれません。

いつの日も こころ楽しく すこやかに

(参考文献)
・N Engl J Med 2025;392:2089-2099

太ってから息切れするようになった―単なる運動不足?『肥満型心不全』という問題 -肥満治療のパラダイムシフトPart⑤/8-

2026/10/3
「最近、階段を上ると息が切れる」
「以前より長い距離を歩けなくなった」
「太ったから身体が重くなっただけかな?」
そんな経験はありませんか?

もちろん、体重が増えれば身体を動かすために必要なエネルギーも増えます。運動不足によって体力が落ちれば、以前より息切れしやすくなることもあります。
しかし、中高年になって体重が増え、それとともに息切れが目立つようになってきた場合、「太ったから息切れするだけ」とは限りません。
その背景に、心臓の問題が隠れていることがあります。
今回は「肥満と心不全」という、意外に深い関係について考えてみましょう。

■心不全=心臓が止まりそうな状態?

「心不全」と聞くと、「心臓がほとんど動かなくなった重病」というイメージを持つかもしれません。
しかし実際には、心不全とは特定の一つの病気ではありません。
心臓に何らかの問題があり、
✓ 息切れ
✓ 疲れやすい
✓ 足がむくむ
✓ 横になると息苦しい
などの症状が現れる「状態」を指します。
そして心不全には、いくつかのタイプがあります。

■心臓の「押し出す力」が正常でも心不全になる?

心臓の働きを調べる指標の一つに、「左室駆出率(LVEF)」があります。
簡単にいえば、心臓が血液をどのくらいしっかり送り出しているかを見る指標です。
ところが、「心臓の収縮する力は比較的保たれているのに心不全症状がある」という患者さんがいます。
これを、HFpEF(ヘフペフ:左室駆出率の保たれた心不全)と呼びます。
HFpEFでは、心臓が単純に「弱っている」というより、心臓が硬くなって十分に拡がりにくい、つまり血液を受け入れにくくなっていることなどが問題になります。

■そしてHFpEFと「肥満」には深い関係があります

近年、HFpEFの中でも肥満を伴うタイプが注目されています。
肥満になると単に身体が重くなるだけではありません。
内臓脂肪の増加によって、
✔ 慢性的な炎症
✔ 血圧上昇
✔ インスリン抵抗性
✔ 循環血液量の増加
✔ 睡眠時無呼吸
✔ 心臓への負担
など、さまざまな変化が起こります。

つまり、「肥満→心臓に負担→息切れ→動かなくなる→さらに体重が増える」という悪循環が起こる可能性があるのです。

■体重を減らしたら「息切れ」も良くなる?

この問題を調べた興味深い研究があります。
2023年に発表された、STEP-HFpEF試験 です。
対象となったのは、肥満があり、さらにHFpEFを持つ529人でした。
参加者を、「セマグルチド2.4mgを使用するグループ」と「プラセボを使用するグループ」に分けて52週間比較しました。
セマグルチドは、日本では肥満症治療薬「ウゴービ」などに使用されている成分です。

■改善したのは「体重」だけではありませんでした

52週間後の平均体重変化率は、
セマグルチド群 -13.3%
プラセボ群   -2.6%
でした。
しかし、この研究で興味深いのは体重だけではありません。

心不全の症状や生活への影響を評価する、KCCQ-CSS という指標があります。
このスコアは高くなるほど、症状や身体機能などが良好であることを示します。

52週間後の変化は、
セマグルチド群 +16.6点
プラセボ群   +8.7点
でした。

さらに「6分間でどれだけ歩けるか」という運動能力の評価でも、セマグルチド群の方が改善しました。
つまりこの研究では、「体重が減った」だけではなく、「心不全に伴う症状や身体機能も改善した」という結果が得られたのです。

■糖尿病がある人でも同じなの?

翌2024年には、2型糖尿病も合併している肥満HFpEF患者616人を対象とした、STEP-HFpEF DM試験 も報告されました。
こちらでも、セマグルチド群ではプラセボ群と比較して、体重・心不全関連症状・身体機能などに改善が認められました。
肥満とHFpEFの関係を考えるうえで、非常に興味深い研究結果です。

■では「息切れしたらウゴービ」?

もちろん、そんな単純な話ではありません。
ここはとても重要です。
息切れの原因には、
✓ 心不全
✓ 狭心症
✓ 不整脈
✓ 肺疾患
✓ 貧血
✓ 甲状腺疾患
✓ 運動不足
など、さまざまな病気があります。

特に、「以前できていた運動が急にできなくなった」「横になると息苦しい」「足がむくむ」「胸が痛い」などがあれば、ダイエットを考える前に適切な診断が必要です。
また、STEP-HFpEFは「肥満があるHFpEF患者」を対象とした研究です。
単に「太っていて息切れする人」に同じ効果があることを示した研究ではありません。

■肥満治療は「動ける身体を取り戻す」ためでもある

肥満治療というと、「見た目を良くする」「体重計の数字を減らす」というイメージが先行しがちです。
しかし医学的には、それだけではありません。
階段を上れる。
買い物へ歩いて行ける。
旅行を楽しめる。
孫と一緒に遊べる。
そうした、
「自分の身体で自由に動けること」も非常に大切な治療目標です。

当院では単に「何kg痩せたいですか?」だけではなく、血圧、血糖、脂質、生活習慣、現在困っている症状なども確認しながら、肥満によって身体にどのような影響が出ているのかを考えていきます。
食事や運動を基本として、必要な場合には薬物療法についても相談します。

最近、「太ってから階段がつらくなったな」と感じている方。
単なる「年齢」や「運動不足」で片づける前に、一度ご自身の身体について考えてみてはいかがでしょうか。
肥満治療の目標は、「軽い身体」だけではなく、「動ける身体」を取り戻すこと。
それもまた、医学として体重を管理する大切な理由の一つです。

いつの日も こころ楽しく すこやかに 

参考文献
 N Engl J Med 2023;389:1069-1084
N Engl J Med 2024;390:1394-1407
 

感染症から身体を守る「自然免疫」とは?

2026/9/30
インフルエンザやCOVID-19などのウイルス感染症。
私たちの身体にウイルスが侵入したとき、最初に働く免疫は何でしょうか?

「抗体」を思い浮かべる方が多いかもしれません。

もちろん抗体は重要です。
しかし、ウイルスが身体に入ってから抗体などによる獲得免疫が本格的に働くまで、身体が無防備になっているわけではありません。

その最前線で働いているのが、「自然免疫」です。

今回は、インフルエンザやCOVID-19と自然免疫との関係、そして当院で自由診療として取り扱っている「アンサー注射(Z-100)」について、現在分かっている研究結果と、まだ分かっていないことを整理してみましょう。

 ■私たちには「二段構え」の免疫システムがあります

人間の免疫システムは、大きく「自然免疫」と「獲得免疫」に分けて考えることができます。

自然免疫は、身体に侵入した病原体を素早く認識して反応する、いわば「初動部隊」です。マクロファージ、樹状細胞、NK(ナチュラルキラー)細胞などが関係します。
一方、獲得免疫ではT細胞やB細胞などが働き、特定の病原体に対する抗体や免疫記憶を形成します。

つまりウイルス感染では、「自然免疫による初期防御→獲得免疫による、より特異的な防御」という連携が起こります。

 ■インフルエンザ感染の最前線でも自然免疫が働く

インフルエンザウイルスが気道の細胞へ感染すると、身体はウイルス由来のRNAなどを感知します。
そこで重要になるのが、「RIG-I」「TLR3」「TLR7」などの「パターン認識受容体」です。
これらはいわば、「侵入者を見つけるセンサー」です。

ウイルスを感知すると、Ⅰ型・Ⅲ型インターフェロンなどを介した抗ウイルス反応が誘導されます。
さらにマクロファージやNK細胞なども働き、感染細胞の処理や、その後の獲得免疫の形成につながっていきます。

Nature Reviews Immunologyに掲載された総説でも、こうした自然免疫系がインフルエンザ感染初期の防御に重要であることが詳しくまとめられています。

 ■COVID-19でも「最初の自然免疫」が重要

SARS-CoV-2でも基本的な考え方は共通しています。
ウイルスが侵入すると、自然免疫系がウイルスを認識し、インターフェロンを中心とする抗ウイルス反応を開始します。
COVID-19研究で興味深いのは、「免疫は強ければ強いほどよい」わけではないということです。

感染初期に適切な抗ウイルス反応が起こることが重要である一方、時期や程度が不適切な炎症反応は、むしろ組織障害に関係する可能性があります。COVID-19の重症化とⅠ型インターフェロン応答の異常との関係も数多く研究されています。

したがって、「免疫力を上げればよい」という単純な表現より、「感染初期に適切な自然免疫応答が働くことが重要」と考える方が、現在の免疫学には近いでしょう。

 ■では「アンサー注射」とは?

アンサー皮下注20μgは、「ヒト型結核菌青山B株の熱水抽出物(Z-100)」を成分とする医療用医薬品です。
結核菌そのものを注射するわけではありません。

日本では現在、「放射線療法による白血球減少症」について承認されています。したがって、インフルエンザやCOVID-19の予防は承認された効能ではありません。ここは最初に明確にしておく必要があります。

 ■Z-100は自然免疫にどのように作用する?

ここからが興味深いところです。
Z-100については、免疫系に対する作用を調べた基礎研究が行われています。2015年にMolecular Immunologyに報告された研究では、Z-100に含まれる成分が、NOD2という自然免疫に関係するセンサーを介して、マクロファージのNF-κBシグナルに作用する可能性が示されました。NOD2は細菌由来のペプチドグリカン成分などを認識する、自然免疫系のパターン認識受容体の一つです。

 ■ヒト免疫細胞でも研究されています

さらに2022年には、Z-100についてマウス細胞だけでなく、ヒトCD14陽性細胞を用いた研究も報告されています。
Z-100刺激によって、IL-12p40、TNF-α、IL-1βなどの免疫調節に関係するサイトカイン産生の増加が観察されました。特にIL-12p40については、Z-100に含まれるペプチドグリカン様成分がNOD2を介して作用する可能性が示されています。

つまりZ-100は少なくとも基礎研究レベルでは、自然免疫系、とりわけマクロファージ系の反応を調節する作用を持つ可能性があります。

 ■NK細胞との関係は?

Z-100については動物実験で、CD4陽性T細胞、CD8陽性T細胞、NK細胞、NKT細胞などの変化を調べた研究もあります。NK細胞は「Natural Killer」という名前の通り、自然免疫に関係する重要な細胞です。ウイルスに感染した細胞などを認識して排除する働きを持っています。インフルエンザ感染においても、NK細胞は感染細胞の排除などに関与することが知られています。

したがって、マクロファージ、サイトカイン、NK細胞などを介した自然免疫ネットワークは、ウイルス感染を考えるうえで重要な研究領域です。

 ■Z-100には「抗ウイルス作用」の研究もある?

実はあります。
2004年にJournal of General Virologyに発表された研究では、ヒト単球由来マクロファージを用いた実験で、Z-100がHIV-1の複製を抑制しました。この実験ではZ-100によるIFN-β産生などが関係する可能性が報告されています。

さらに1994年には、熱傷によって免疫機能が低下したマウスを用いた実験で、Z-100投与によって単純ヘルペスウイルス感染に対する抵抗性が改善したことも報告されています。

つまり、Z-100とウイルス感染防御との関連を示唆する基礎研究・動物研究は存在します。

 ■ではアンサー注射でインフルエンザやCOVID-19を予防できる?

ここが最も重要なところです。
現時点では、アンサー注射によってインフルエンザやCOVID-19の発症が減少することを証明した、十分なヒト臨床試験は確認されていません。したがって、「アンサー注射を打てばインフルエンザにならない」「COVID-19を予防できる」とは言えません。

Z-100について分かっていることは、自然免疫に関係する細胞・シグナル・サイトカインへ作用することを示す基礎研究がある、ということです。

一方、その免疫調節作用が実際にインフルエンザやCOVID-19の発症予防につながるか、については、別の臨床研究が必要です。「生物学的に考えられること」と「患者さんで効果が証明されたこと」は分けて考えなければなりません。

 ■「免疫力アップ」という言葉にも注意

健康情報では、「免疫力を高める」という表現をよく目にします。
しかし医学的には、免疫は単純に強ければよいものではありません。
感染初期には適切な抗ウイルス応答が必要ですが、過剰な炎症反応は身体を傷つけることもあります。

大切なのは、免疫を無制限に強くすることではなく、必要なときに適切な免疫反応が起こることです。
その意味ではアンサー注射についても、「免疫力を強力にアップさせる注射」と表現するより、「自然免疫系に対する免疫調節作用が基礎研究で報告されている薬剤」と表現する方が正確でしょう。

 ■感染症対策の基本を忘れないでください

インフルエンザやCOVID-19対策では、手洗い・換気・十分な睡眠・栄養・基礎疾患の適切な管理・必要に応じたワクチン接種など、確立した予防策を基本として考えることが大切です。
アンサー注射を行ったから、こうした対策が不要になるわけではありません。

 ■「自然免疫」という身体本来の防御システムを考える

私たちの身体には、病原体が侵入した瞬間から働き始める精巧な防御システムがあります。
その一つが、自然免疫です。インフルエンザでもCOVID-19でも、自然免疫は感染初期の重要な防御機構です。

そしてアンサー(Z-100)については、NOD2、マクロファージ、IL-12、インターフェロン、NK細胞など、自然免疫に関係するさまざまな研究が行われてきました。

だからこそ、「アンサー注射がインフルエンザやCOVID-19を予防する」と結論づけるのではなく、自然免疫を調節する薬剤が呼吸器ウイルス感染防御にどのような意味を持つのか、という問いは、非常に興味深い研究テーマだと思います。

分かっていること。
まだ分かっていないこと。
その両方をきちんと区別しながら、新しい医学の可能性を考えていくことが大切です。

いつの日も こころ楽しく すこやかに


【主な参考文献】
・Horii T, et al. Peptidoglycan-Like Components in Z-100, Extracted from Mycobacterium tuberculosis Strain Aoyama B, Increase IL-12p40 via NOD2. Journal of Immunology Research. 2022.
・Katsunuma K, et al. Z-100, extracted from Mycobacterium tuberculosis strain Aoyama B, promotes TNF-α production via NOD2-dependent NF-κB activation in RAW264.7 cells. Molecular Immunology. 2015.
・Emori Y, et al. Inhibition of human immunodeficiency virus type 1 replication by Z-100, an immunomodulator extracted from human-type tubercle bacilli, in macrophages. Journal of General Virology. 2004.
・Kobayashi M, et al. Z-100, a lipid-arabinomannan extracted from Mycobacterium tuberculosis, improves the resistance of thermally injured mice to herpes virus infections. Immunology Letters. 1994.
・Iwasaki A, Pillai PS. Innate immunity to influenza virus infection. Nature Reviews Immunology. 2014.
・Diamond MS, Kanneganti TD. Innate immunity: the first line of defense against SARS-CoV-2. Nature Immunology. 2022. 
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