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がん悪液質には六君子湯を!

2023/11/10
進行がんや再発がんが徐々に体中に広がっていくと、がん組織が正常な細胞を分解したり、栄養を奪い取ったりして、気が付かないうちに体重が減っていってしまったり、筋肉がみるみる痩せ細っていってしまったり、怠くて何もする気がなくなったりしてしまいます。

この状態を「悪液質(カヘキシー)」と言います。
悪液質(カヘキシー)という言葉はもっと古くからある言葉なのですが、最近ではもっぱらガンによる悪液質を意味しています。

がんによる悪液質は、がん組織によって人体が消化・吸収されているような状態であり、この状態が進んでいくとどんな治療をしてももはやガンを治すことができない事態に陥ってしまいます。

医学界ではこの悪液質をどう食い止めるかがホットな話題なのですが、そんな悪液質に対する世界で唯一の薬がエドルミズ錠(一般名:アナモレリン塩酸塩)です。

エドルミズ錠はグレリンというホルモンのような作用をする薬です。グレリンの受容体の活性化を介して成長ホルモンの分泌を促進することで食欲を高めます。成長ホルモンが分泌されると、筋タンパクの合成も促進されるため、体重・筋肉量の増加も期待できるのです。

気になる適応は現時点では非小細胞肺癌、胃癌、膵癌、大腸癌などの一部のがんによる悪液質に限定されていますが、今後適応は拡大していくことになるでしょう。

注意点はいろいろとあり、空腹時に内服しなければならないこと、併用禁忌の薬がいろいろあること、血糖値が上昇しやすいこと、肝機能が悪いと使用できないことなどなど使用に際しては注意が必要です。

1錠246円強なのですが、1日1錠の内服ですので、抗癌剤などと比べれば圧倒的に安価な薬と言えます。

エドルミズ錠はガンを治す薬ではありません。
しかし、悪液質の状態を改善したり進行速度を遅らせることでQOLの改善や生存期間の延長が期待されます。根治的治療ではなくともできれば使用したいものですね。

最初に書いたように、エドルミズ錠は世界で初めての悪液質治療薬なのですが…
エドルミズ(アナモレリン)と同じく、グレリンの分泌を促進して食欲を高めるという漢方薬がすでにはるか昔から存在しています。

それが「六君子湯(りっくんしとう)」という漢方薬です。

六君子湯は機能性ディスペプシアや慢性胃炎などの胃の不調による諸症状によく効くので広く使用されている漢方薬です。胃の不調があったら、とりあえず処方されることの多い漢方薬なのですが、六君子湯は以前からよく研究されており、グレリンの分泌促進、成長ホルモンの分泌促進作用があることが以前から知られていました。

つまり、六君子湯はがん悪液質の治療薬としてはるか昔の賢人たちによって意図せず開発されていた漢方薬なのです。
漢方薬なので、エキス剤の場合には1日に複数回内服しなければなりませんし、煎じ薬を作るのはとてもめんどくさいかもしれません。
しかしエドルミズ錠のように併用禁忌の薬があるわけでもなく、副作用も少なく、しかも特定のがんによる悪液質にしか使えないという制限もありません。

六君子湯は胃の動きを改善し、吐き気や胃の膨満感を解消し、食欲を高めるばかりでなく、元気を湧き起こす「補気剤」です。
漢方専門医として手前味噌なことを言ってしまうかもしれませんが、なぜ日本でがん悪液質の食欲不振に対してエドルミズ錠よりも前に六君子湯が広く活用されていなかったのか、不思議でなりません。

体力の消耗やエネルギーの枯渇を補う薬(補剤)は漢方にしかない、漢方の得意分野です。
がん治療にはもっと漢方薬が活用されてもよいのではないかと思う今日この頃です。


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寒くなってくると出番が増える漢方薬たち

2023/10/31
漢方医学には「陰陽」という概念が存在します。
この世界のすべてを陰と陽の2つのグループに分けて考えるわけです。

「陰」のグループに分類されるものは冷たい、暗い、小さくなる、潤い、静か、柔らかい、月、女性などなどの性質です。
「陽」のグループに分類されるものは温かい、明るい、大きくなる、乾いている、動的、硬い、太陽、男性などなどの性質です。

こうして世界を二元性で解釈することで疾病や健康を理解・解決していたわけです。
そして、季節も陰陽で考えるわけです。日本には四季があるわけですけれども、なんとなくお分かりになるかもしれませんが「陽」の季節は夏です。そして「陰」の季節は冬です。では「春と秋は?」となるわけですが春秋は移行期間ということです。

秋は、夏から冬へと、暑い季節から寒い季節へと切り替わるわけで、陰気が強まり、陽気が衰える季節と考えます。これを踏まえた過ごし方をしないと秋冬に体調を崩しやすくなってしまいます。対策としてはわかりやすく、冷えないようにすればいいのです。

漢方で考えますと、体を温める漢方薬を使用していくことになります。
身体を温める薬は西洋薬には存在しない(と思われます)ので、こういうところが漢方薬が西洋医学よりも優れている点です。

身体を温める漢方薬は無数にあるわけですが、代表的なものをいくつかご紹介しますと

当帰四逆加呉茱萸生姜湯(とうきしぎゃくかごしゅゆしょうきょうとう)
…しもやけの薬として有名です。動脈の血行を良くすることで、冷えによる腹痛や頭痛を改善します。

麻黄湯(まおうとう)
…コロナやインフルエンザなどの感染症の初期に悪寒、戦慄、関節痛などの症状が強い場合に使用されます。実際に臨床では使用する出番があまりないんです。

麻黄附子細辛湯(まおうぶしさいしんとう)
…麻黄湯よりも使用する機会が多いように思います。もともと虚弱で冷え症な人が風邪をひいたりインフルエンザになった際に、たいして熱も出ず、なんとなく怠くて動く気にならない、そんなときに使用します。ご高齢者に使用することが多いです。のどがチクチク痛い風邪にも良く効くので、虚弱とか高齢者とか関係なく使用される場合もあります。

真武湯(しんぶとう)
…当ブログでもたびたび登場する真武湯。漢方的には腎が衰えて新陳代謝が低下している人のさまざまな症状に有効です。真武湯をうまく使えるようになると脱漢方初心者という印象です。

また、旬の食材を食べることで体調を季節に合わせて調整しやすくなります。秋に旬の食材と言えば、イモ・栗・かぼちゃでしょう。これらの食材には、体を温める作用があります。もちろん温かい料理として摂取したいものです。行楽地ではソフトクリームやパフェなどの冷たいスイーツが盛んに売られているのですが…漢方医としてはちょっと心配なのです。

自然に逆らわず、自然の恵みを享受しながら生活すれば、おのずと季節に適応した体作りができるというものです。

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大が小を兼ね…ない

2023/10/6
漢方薬の名前はとてもユニークです。
使用している生薬の頭文字を並べたものもあれば、竜や虎などの文字を使用したもの、効能や効果を意味するものなど、多種多様です。それも漢方薬の魅力かもしれませんね。

同じような効能の漢方薬は、共通する名前を持っています。家族の苗字が同じであるのと似ています(もうじきそんな時代ではなくなるのかもしれませんが)。

そんな漢方家族の中で、腹痛を改善する目的の漢方薬に「建中湯」の名前がつく漢方薬があります。
そんな建中湯ファミリーの中で、大活躍している漢方薬が「小建中湯」と「大建中湯」です。

名前だけ見ていると
小建中湯=弱い(マイルド)、大建中湯=強い(ストロング)かのような印象を持ってしまうかもしれませんが…
この2つの漢方薬はまったく別物です。

小建中湯は桂枝湯という、インフルエンザや風邪の薬として有名な漢方薬がベースになっています。芍薬という生薬を増量することで筋肉の異常な緊張を緩め、腸管の異常な動きを緩和して痛みをとります。さらに膠飴という米から作った飴が入っているのですが、これが栄養補給と精神安定を兼ねています。

小建中湯は、もともとお腹が弱くて腹痛・下痢になりやすい人に向いている漢方薬です。不思議なもので、お腹が弱くて栄養不足気味だと人間というものは神経過敏になりストレスに弱くなってしまいます。こういうところに膠飴が効いてきてストレス緩和効果を発揮するので、小建中湯はお腹の弱いお子さんの不登校に頻用されています。本当に不思議なのですが、学校に行けるようになるんです。

一方、大建中湯は人参湯という朝鮮人参を軸として胃の冷えによる症状を改善する漢方薬から派生したような漢方薬です。大建中湯には蜀椒という山椒の一種が含まれているのですが、ピリッと辛い山椒のように末梢神経を痺れさせるような作用があります。蜀椒を摂取すると、大腸の神経がしびれて腸が一瞬麻痺したようになります。「そんなもの飲んで大丈夫なのか?」と思うかもしれませんが、大建中湯はお腹が冷えてしまって腸管が痙攣するような動きになってしまい、お腹が張って痛みがある人に使う漢方薬です。蜀椒で腸管の痙攣を止めて、張りや痛みを取るというわけです。

大建中湯には乾燥させて効力を高めた「乾姜」という強力な生姜が含まれています。乾姜はお腹を強力に温めると同時に血行を改善します。冷えて痙攣した腸管の動きを蜀椒で止めて、乾姜で温めて血行を改善すると、腸管が正常な動きを取り戻します。

こうして大建中湯は冷え切って張り、腹痛、下痢・便秘などの症状に対してとても良く効くのですが、この効能を応用してお腹の手術後の腸閉塞の症状緩和に対して標準的な治療として使われています。

と、いうわけで小建中湯と大建中湯は似て非なる漢方薬なのです。
大が小を兼ねないんですね。


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クーラー風邪はただの風邪じゃない!?

2023/9/13
夏風邪は治りにくいといいます。東洋医学的には明確な理由があります。

日本の夏は高温多湿で不快指数MAXです。
暑くて怠いので冷房の効いた部屋でアイスクリームばかり食べる生活になってしまっていませんか?

外出して暑くて大汗をかいている状態で冷房の利いた部屋に入ってきて冷たい飲み物をがぶ飲みしたり、アイスクリームなどの冷たいものばかり食べたりしていると、身体に「寒」と「湿」が入り込んで定着してしまいます。これが夏風邪の原因になります。

東洋医学的には、風邪は体外の病邪が体表から侵入してくるときに生じる抗病反応です。体表で病邪の侵入を食い止めようとしている反応なのですね。

ところが夏風邪の場合には、冷たい飲み物、冷たい麺類、アイスクリームなどを摂取するため「寒」と「湿」という病邪がいきなり体内(内臓)に侵入してしまうことになるのです。
それでも外気温が37℃や40℃など体温よりも高い環境では、内臓の冷えよりも体表面の暑さ・不快感が勝ってしまうため冷たい飲み物やアイスを食べることを止められません。

そうなってくると、冷房で汗が引くときに体表面も冷えてしまい、汗孔や毛孔などの体表器官が閉じてしまいます。これでは病邪を体外へ追い出す反応が鈍くなります。東洋医学では、風邪の治療では病邪を体表面から外に追い出すように仕向けるのですが、これを解表(げひょう)と言います。夏風邪やクーラー風邪の場合にはこの解表が妨害されてしまうので治りにくくなるのです。

体内にたやすく侵入して定着した「寒」と「湿」によって、発熱や体中の痛み(関節痛や筋肉痛)が生じます。こういった場合の風邪の特徴は夕方になると高熱が出てくることです。

こういった夏風邪はふつうの風邪(傷寒)と違って「湿」の治療をしなければなりません。こびりついた水を剥がすのです。たとえば桂枝湯とか麻黄湯とか、ふつうの風邪(傷寒)でよく使う漢方薬では「湿」の対策が十分ではありません。また、西洋医学的ないわゆる風邪薬でも「湿」に対する治療という視点がありません。

「湿」はこびりついた病邪であり、取り除くのが困難であるため夏風邪はふつうの風邪よりも治りにくいということになるのです。
寒と湿による夏風邪の場合には麻杏薏甘湯などの漢方薬を使用します。この漢方薬の効能・効果をみていると筋肉痛とか関節痛となっているので風邪薬であることに気が付きにくいかもしれませんが、本質的には寒と湿が原因となっているカゼのための薬と言えます。

逆に、もともと虚弱で冷え症な人にとっては日本の夏は冷房地獄です。どこに行っても冷蔵庫の中に閉じ込められているような冷え冷えの状態になってしまい、これはこれで寒と湿が体に入り込んでしまうため体調を悪化させてしまいます。

このような場合の夏風邪には五積散や麻黄附子細辛湯といった漢方薬を使用します。体調に合わせて使用する漢方薬が変わってくるところが漢方の特徴ですね。

夏場に冷たいものの飲食ばかりしていると、体質的に寒や湿が溜まっている体質になってしまいます。夏風邪を予防するには、夏でも適度に温かい食事をして体内に寒や湿が溜まらないように注意することが大切なのです。


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猛暑でパニック

2023/9/13
パニック発作とは、動悸、息苦しさ、手足のふるえなどの症状とともに「死んでしまうかもしれない」と思うほどの極めて強い不安・恐怖が突然現れて短時間で治まる発作のことです。

パニック発作そのものは短時間で自然に治まるものの、繰り返し発作が生じることで、将来の発作に対して過度の不安を覚えるようになったり、発作を引き起こす可能性のある状況を回避するため日常生活や社会生活が障害されてしまう場合があります。

パニック発作と似た症状を生じる疾患に「広場恐怖症」というものがあります。
広場恐怖症という名の通り、広い公園やオープンスペース、野外コンサートなどの巨大な空間が怖くて仕方がない…というわけではなく、広場恐怖症の本質は「逃げられないと思い込んだ特定の場所や状況を恐れることに特徴付けられる不安障害」です。

広場恐怖症が初めて発症した時にはパニック発作との区別が難しいかもしれません。
そんなときには精神科に相談していただくとよいと思います。

さて、今回はこの8月に当院を受診された患者様の事例をご紹介してみたいと思います。

最初の方は、車の運転中にパニック発作と思われる症状が初めて出現しました。車の運転が苦手…というわけではなく、運転していて日差しが強くて暑くてだんだん苦しくなって…という発症の仕方でした。

車の中、車を運転中というのは「すぐには逃げられない閉じ込められた状況」です。そういう意味ではこちらの患者様は広場恐怖症を発症されたのかもしれません。しかし、電車やバスでは症状がなく、込み合ったショッピングセンターなどでも特に問題がない…
果たして広場恐怖症なのでしょうか?パニック発作なのでしょうか?

次の方も、車の運転中に暑くて不快に感じているうちにパニック発作のような症状が出現しました。もともと車の運転は「緊張してしまい苦手」であり、パニック発作出現後は車の運転ができなくなってしまいました。

しばらく車の運転を控えた後、リハビリ的に車の運転を再開しました。家の近くでは大丈夫なのですが、少し離れた場所まで行くと不安と息苦しさが生じてしまい、コンビニの駐車場などで休憩を取らざるを得ない状態となってしまいました。

こちらの方は自宅から離れたことで症状が再燃しているので、自宅という安全な場所から離れてすぐに逃げられない状況になると症状が生じるようです。広場恐怖症のような印象です。

正確な診断については精神科の先生に確認していただきたいと思いますが、今回ご紹介したお二人の方は「車の中で暑くて」というのが発症のトリガーでした。
今まで何の問題もなく生活できていたのに、強烈な猛暑によってこんな形で心身の不調がもたらされてしまったのです。
猛暑おそるべしですね。


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