「最近、階段を上ると息が切れる」「以前より長い距離を歩けなくなった」「太ったから身体が重くなっただけかな?」そんな経験はありませんか?もちろん、体重が増えれば身体を動かすために必要なエネルギーも増えます。運動不足によって体力が落ちれば、以前より息切れしやすくなることもあります。しかし、中高年になって体重が増え、それとともに息切れが目立つようになってきた場合、「太ったから息切れするだけ」とは限りません。その背景に、心臓の問題が隠れていることがあります。今回は「肥満と心不全」という、意外に深い関係について考えてみましょう。■心不全=心臓が止まりそうな状態?「心不全」と聞くと、「心臓がほとんど動かなくなった重病」というイメージを持つかもしれません。しかし実際には、心不全とは特定の一つの病気ではありません。心臓に何らかの問題があり、✓ 息切れ✓ 疲れやすい✓ 足がむくむ✓ 横になると息苦しいなどの症状が現れる「状態」を指します。そして心不全には、いくつかのタイプがあります。■心臓の「押し出す力」が正常でも心不全になる?心臓の働きを調べる指標の一つに、「左室駆出率(LVEF)」があります。簡単にいえば、心臓が血液をどのくらいしっかり送り出しているかを見る指標です。ところが、「心臓の収縮する力は比較的保たれているのに心不全症状がある」という患者さんがいます。これを、HFpEF(ヘフペフ:左室駆出率の保たれた心不全)と呼びます。HFpEFでは、心臓が単純に「弱っている」というより、心臓が硬くなって十分に拡がりにくい、つまり血液を受け入れにくくなっていることなどが問題になります。■そしてHFpEFと「肥満」には深い関係があります近年、HFpEFの中でも肥満を伴うタイプが注目されています。肥満になると単に身体が重くなるだけではありません。内臓脂肪の増加によって、✔ 慢性的な炎症✔ 血圧上昇✔ インスリン抵抗性✔ 循環血液量の増加✔ 睡眠時無呼吸✔ 心臓への負担など、さまざまな変化が起こります。つまり、「肥満→心臓に負担→息切れ→動かなくなる→さらに体重が増える」という悪循環が起こる可能性があるのです。■体重を減らしたら「息切れ」も良くなる?この問題を調べた興味深い研究があります。2023年に発表された、STEP-HFpEF試験 です。対象となったのは、肥満があり、さらにHFpEFを持つ529人でした。参加者を、「セマグルチド2.4mgを使用するグループ」と「プラセボを使用するグループ」に分けて52週間比較しました。セマグルチドは、日本では肥満症治療薬「ウゴービ」などに使用されている成分です。■改善したのは「体重」だけではありませんでした52週間後の平均体重変化率は、セマグルチド群 -13.3%プラセボ群 -2.6%でした。しかし、この研究で興味深いのは体重だけではありません。心不全の症状や生活への影響を評価する、KCCQ-CSS という指標があります。このスコアは高くなるほど、症状や身体機能などが良好であることを示します。52週間後の変化は、セマグルチド群 +16.6点プラセボ群 +8.7点でした。さらに「6分間でどれだけ歩けるか」という運動能力の評価でも、セマグルチド群の方が改善しました。つまりこの研究では、「体重が減った」だけではなく、「心不全に伴う症状や身体機能も改善した」という結果が得られたのです。■糖尿病がある人でも同じなの?翌2024年には、2型糖尿病も合併している肥満HFpEF患者616人を対象とした、STEP-HFpEF DM試験 も報告されました。こちらでも、セマグルチド群ではプラセボ群と比較して、体重・心不全関連症状・身体機能などに改善が認められました。肥満とHFpEFの関係を考えるうえで、非常に興味深い研究結果です。■では「息切れしたらウゴービ」?もちろん、そんな単純な話ではありません。ここはとても重要です。息切れの原因には、✓ 心不全✓ 狭心症✓ 不整脈✓ 肺疾患✓ 貧血✓ 甲状腺疾患✓ 運動不足など、さまざまな病気があります。特に、「以前できていた運動が急にできなくなった」「横になると息苦しい」「足がむくむ」「胸が痛い」などがあれば、ダイエットを考える前に適切な診断が必要です。また、STEP-HFpEFは「肥満があるHFpEF患者」を対象とした研究です。単に「太っていて息切れする人」に同じ効果があることを示した研究ではありません。■肥満治療は「動ける身体を取り戻す」ためでもある肥満治療というと、「見た目を良くする」「体重計の数字を減らす」というイメージが先行しがちです。しかし医学的には、それだけではありません。階段を上れる。買い物へ歩いて行ける。旅行を楽しめる。孫と一緒に遊べる。そうした、「自分の身体で自由に動けること」も非常に大切な治療目標です。当院では単に「何kg痩せたいですか?」だけではなく、血圧、血糖、脂質、生活習慣、現在困っている症状なども確認しながら、肥満によって身体にどのような影響が出ているのかを考えていきます。食事や運動を基本として、必要な場合には薬物療法についても相談します。最近、「太ってから階段がつらくなったな」と感じている方。単なる「年齢」や「運動不足」で片づける前に、一度ご自身の身体について考えてみてはいかがでしょうか。肥満治療の目標は、「軽い身体」だけではなく、「動ける身体」を取り戻すこと。それもまた、医学として体重を管理する大切な理由の一つです。いつの日も こころ楽しく すこやかに 参考文献 N Engl J Med 2023;389:1069-1084N Engl J Med 2024;390:1394-1407
「以前より長い距離を歩けなくなった」
「太ったから身体が重くなっただけかな?」
そんな経験はありませんか?
もちろん、体重が増えれば身体を動かすために必要なエネルギーも増えます。運動不足によって体力が落ちれば、以前より息切れしやすくなることもあります。
しかし、中高年になって体重が増え、それとともに息切れが目立つようになってきた場合、「太ったから息切れするだけ」とは限りません。
その背景に、心臓の問題が隠れていることがあります。
今回は「肥満と心不全」という、意外に深い関係について考えてみましょう。
■心不全=心臓が止まりそうな状態?
しかし実際には、心不全とは特定の一つの病気ではありません。
心臓に何らかの問題があり、
✓ 息切れ
✓ 疲れやすい
✓ 足がむくむ
✓ 横になると息苦しい
などの症状が現れる「状態」を指します。
そして心不全には、いくつかのタイプがあります。
■心臓の「押し出す力」が正常でも心不全になる?
心臓の働きを調べる指標の一つに、「左室駆出率(LVEF)」があります。
簡単にいえば、心臓が血液をどのくらいしっかり送り出しているかを見る指標です。
ところが、「心臓の収縮する力は比較的保たれているのに心不全症状がある」という患者さんがいます。
これを、HFpEF(ヘフペフ:左室駆出率の保たれた心不全)と呼びます。
HFpEFでは、心臓が単純に「弱っている」というより、心臓が硬くなって十分に拡がりにくい、つまり血液を受け入れにくくなっていることなどが問題になります。
■そしてHFpEFと「肥満」には深い関係があります
近年、HFpEFの中でも肥満を伴うタイプが注目されています。
肥満になると単に身体が重くなるだけではありません。
内臓脂肪の増加によって、
✔ 慢性的な炎症
✔ 血圧上昇
✔ インスリン抵抗性
✔ 循環血液量の増加
✔ 睡眠時無呼吸
✔ 心臓への負担
など、さまざまな変化が起こります。
つまり、「肥満→心臓に負担→息切れ→動かなくなる→さらに体重が増える」という悪循環が起こる可能性があるのです。
この問題を調べた興味深い研究があります。
2023年に発表された、STEP-HFpEF試験 です。
参加者を、「セマグルチド2.4mgを使用するグループ」と「プラセボを使用するグループ」に分けて52週間比較しました。
セマグルチドは、日本では肥満症治療薬「ウゴービ」などに使用されている成分です。
■改善したのは「体重」だけではありませんでした
セマグルチド群 -13.3%
プラセボ群 -2.6%
でした。
しかし、この研究で興味深いのは体重だけではありません。
このスコアは高くなるほど、症状や身体機能などが良好であることを示します。
セマグルチド群 +16.6点
プラセボ群 +8.7点
でした。
つまりこの研究では、「体重が減った」だけではなく、「心不全に伴う症状や身体機能も改善した」という結果が得られたのです。
■糖尿病がある人でも同じなの?
翌2024年には、2型糖尿病も合併している肥満HFpEF患者616人を対象とした、STEP-HFpEF DM試験 も報告されました。
こちらでも、セマグルチド群ではプラセボ群と比較して、体重・心不全関連症状・身体機能などに改善が認められました。
肥満とHFpEFの関係を考えるうえで、非常に興味深い研究結果です。
■では「息切れしたらウゴービ」?
もちろん、そんな単純な話ではありません。
ここはとても重要です。
息切れの原因には、
✓ 心不全
✓ 狭心症
✓ 不整脈
✓ 肺疾患
✓ 貧血
✓ 甲状腺疾患
✓ 運動不足
など、さまざまな病気があります。
特に、「以前できていた運動が急にできなくなった」「横になると息苦しい」「足がむくむ」「胸が痛い」などがあれば、ダイエットを考える前に適切な診断が必要です。
また、STEP-HFpEFは「肥満があるHFpEF患者」を対象とした研究です。
単に「太っていて息切れする人」に同じ効果があることを示した研究ではありません。
■肥満治療は「動ける身体を取り戻す」ためでもある
肥満治療というと、「見た目を良くする」「体重計の数字を減らす」というイメージが先行しがちです。
しかし医学的には、それだけではありません。
階段を上れる。
買い物へ歩いて行ける。
旅行を楽しめる。
孫と一緒に遊べる。
そうした、
「自分の身体で自由に動けること」も非常に大切な治療目標です。
当院では単に「何kg痩せたいですか?」だけではなく、血圧、血糖、脂質、生活習慣、現在困っている症状なども確認しながら、肥満によって身体にどのような影響が出ているのかを考えていきます。
食事や運動を基本として、必要な場合には薬物療法についても相談します。
単なる「年齢」や「運動不足」で片づける前に、一度ご自身の身体について考えてみてはいかがでしょうか。
肥満治療の目標は、「軽い身体」だけではなく、「動ける身体」を取り戻すこと。
それもまた、医学として体重を管理する大切な理由の一つです。