「最近、歩くの遅くなったね」家族や友人から、そんなことを言われたことはありませんか?以前なら一緒に歩いていたのに、いつの間にか少し後ろを歩くようになった。横断歩道を渡り切るのが少し不安になった。駅では階段よりエスカレーターを探すようになった。スーパーへ行くだけなのに疲れる。でも、「もう歳だから仕方ないよ」と思ってしまう。もちろん、年齢とともに歩く速さが変わることはあります。しかし医学的には、「歩くのが遅くなった」という変化には、身体のさまざまな情報が隠れていると考えます。■歩くためには全身を使っています「歩く」という動作。あまりにも当たり前なので意識しませんが、実は非常に複雑です。筋肉が働く。肺から酸素を取り込む。心臓が血液を送り出す。血液が酸素を筋肉まで運ぶ。神経が身体をコントロールする。そしてバランスを保ちながら前へ進む。つまり歩行には、筋肉・心臓・肺・血液・神経が関係しています。だから歩く速度が落ちたとき、「脚の筋肉が衰えただけ」とは限らないのです。最近の高齢者医療では、「フレイル」という考え方が重要になっています。フレイルとは、加齢などによって身体の予備力が低下し、ちょっとした病気やストレスをきっかけに体調を崩しやすくなった状態です。たとえば、✓ 歩く速度が遅くなった✓ 疲れやすくなった✓ 外出する機会が減った✓ 筋力が低下した✓ 体重が減ってきたなどが、そのサインになることがあります。まだ「寝たきり」ではありません。日常生活も普通に送れている。だからこそ、この段階で気づくことが大切なのです。■筋肉が減る「サルコペニア」フレイルと深く関係しているのが、「サルコペニア」です。サルコペニアとは、加齢などに伴って筋肉量や筋力、身体機能が低下した状態です。たとえば、「ペットボトルのふたが開けにくくなった」「椅子から立つときに手を使う」「階段がつらい」「歩く速度が遅くなった」といった変化が現れることがあります。ところが問題は、筋肉が落ちると、さらに動かなくなることです。筋力が低下する↓歩くと疲れる↓外出しなくなる↓さらに筋肉が落ちる↓もっと疲れやすくなるという悪循環に入ってしまいます。でも「筋肉の問題」と決めつけないでください。ここが今回、一番お伝えしたいところです。歩けなくなった原因が、単純な筋力低下ではないことがあります。たとえば、慢性心不全です。心臓の働きが低下すると、運動したときに身体が必要とする血液を十分に送り出せなくなったり、肺に水分がたまりやすくなったりします。すると、「歩くと息切れする」「すぐ疲れる」ようになります。本人はそれを、「体力が落ちた」と感じているかもしれません。■昔タバコを吸っていた人ならCOPDも同じことが、COPD(慢性閉塞性肺疾患)でも起こります。COPDでは、特に運動したときの呼吸が苦しくなります。すると、息切れする↓歩かなくなる↓筋肉が落ちる↓少し歩くだけでも疲れる↓さらに歩かなくなるという悪循環が起こります。これが長期間続けば、肺の病気と筋肉の衰えが同時に進んでいるという状態になることもあります。ですから、「歩けなくなったから筋トレしましょう」だけでは十分でないことがあります。まず、「なぜ歩けなくなったのか?」を考える必要があるのです。■漢方では「身体全体の衰え」をどう考える?漢方医学には、「虚(きょ)」という考え方があります。簡単にいえば、身体を維持する力が不足している状態です。特に、疲れやすい・食欲がない・身体に力が入らない・少し動くと息切れするという状態では「気虚」という視点から考えることがあります。さらに高齢になり、筋力が落ちた・足腰が弱くなった・食が細くなった・病気のあと体力が戻らないといった状態では、単に一つの症状を見るのではなく、食事・消化吸収・筋力・睡眠・冷えなどを含めて身体全体を評価することが漢方治療では重要になります。体力低下に使われる漢方薬として、補中益気湯(ほちゅうえっきとう)はよく知られています。食欲が落ち、疲労感が強く、身体に力が入らないような「気虚」を考える代表的な処方の一つです。一方、人参養栄湯(にんじんようえいとう)という処方もあります。こちらも病後や慢性疾患などで体力が低下した人に用いられることがあり、食欲低下や疲労、全身状態などを見ながら検討します。しかし、「高齢者だから人参養栄湯」「疲れているから補中益気湯」と決めるわけではありません。その人がなぜ弱っているのか。そこを考えることが先です。■食べることと動くことはセットです筋肉が落ちている人に、「もっと歩きましょう」と指導するだけではうまくいかないことがあります。材料となる栄養が足りなければ、筋肉を維持できないからです。特に高齢になると、「肉は重いから食べない」「朝はパンとコーヒーだけ」「昼は麺類だけ」という方もいます。運動だけでなく、十分なエネルギーと蛋白質を摂れているかも確認する必要があります。反対に、心不全や腎臓病などがある方では食事内容を個別に調整する必要があります。ここでも「全員同じ健康法」ではないのです。■「歩く速度」は身体から届くメッセージ最近、こんな変化はありませんか?✓ 家族と歩くと自分だけ遅れる✓ 横断歩道を渡るのが不安になった✓ 駅では必ずエスカレーターを使う✓ スーパーを一周すると疲れる✓ 階段で息が切れる✓ 外出する回数が減った✓ 椅子から立ち上がりにくい✓ 食が細くなってきたもし以前と比べて明らかに変化しているのであれば、「歳だから」だけで終わらせないでください。大切なのは「去年の自分」と比べることです。70歳の人が30歳の人より歩くのが遅い。それ自体は不思議なことではありません。大切なのは、「去年の自分より遅くなっていないか」です。半年、一年という期間で明らかに歩けなくなってきた場合には、その背景に何か原因がないか考える価値があります。当院では、さまざまな鑑別疾患を考慮したうえで必要に応じて血液検査、心電図、呼吸機能検査などを組み合わせながら評価します。そして病気があれば必要な標準治療を行い、そのうえで体力低下や食欲低下などに対して漢方医学的な治療を組み合わせることもあります。「歩くのが遅くなった」それは単なる老化ではなく、身体が教えてくれている小さな変化なのかもしれません。歳のせいにしてしまう前に、一度立ち止まって身体の声を聞いてみてください。いつの日も こころ楽しく すこやかに
家族や友人から、そんなことを言われたことはありませんか?
以前なら一緒に歩いていたのに、いつの間にか少し後ろを歩くようになった。
横断歩道を渡り切るのが少し不安になった。
駅では階段よりエスカレーターを探すようになった。
スーパーへ行くだけなのに疲れる。
でも、「もう歳だから仕方ないよ」と思ってしまう。
もちろん、年齢とともに歩く速さが変わることはあります。
しかし医学的には、「歩くのが遅くなった」という変化には、身体のさまざまな情報が隠れていると考えます。
■歩くためには全身を使っています
あまりにも当たり前なので意識しませんが、実は非常に複雑です。
筋肉が働く。肺から酸素を取り込む。心臓が血液を送り出す。血液が酸素を筋肉まで運ぶ。神経が身体をコントロールする。そしてバランスを保ちながら前へ進む。
つまり歩行には、筋肉・心臓・肺・血液・神経が関係しています。
だから歩く速度が落ちたとき、「脚の筋肉が衰えただけ」とは限らないのです。
最近の高齢者医療では、「フレイル」という考え方が重要になっています。
フレイルとは、加齢などによって身体の予備力が低下し、ちょっとした病気やストレスをきっかけに体調を崩しやすくなった状態です。
たとえば、
✓ 歩く速度が遅くなった
✓ 疲れやすくなった
✓ 外出する機会が減った
✓ 筋力が低下した
✓ 体重が減ってきた
などが、そのサインになることがあります。
まだ「寝たきり」ではありません。日常生活も普通に送れている。だからこそ、この段階で気づくことが大切なのです。
■筋肉が減る「サルコペニア」
サルコペニアとは、加齢などに伴って筋肉量や筋力、身体機能が低下した状態です。
たとえば、
「ペットボトルのふたが開けにくくなった」
「椅子から立つときに手を使う」
「階段がつらい」
「歩く速度が遅くなった」
といった変化が現れることがあります。
ところが問題は、筋肉が落ちると、さらに動かなくなることです。
↓
歩くと疲れる
↓
外出しなくなる
↓
さらに筋肉が落ちる
↓
もっと疲れやすくなる
という悪循環に入ってしまいます。
でも「筋肉の問題」と決めつけないでください。ここが今回、一番お伝えしたいところです。
歩けなくなった原因が、単純な筋力低下ではないことがあります。
たとえば、慢性心不全です。
心臓の働きが低下すると、運動したときに身体が必要とする血液を十分に送り出せなくなったり、肺に水分がたまりやすくなったりします。
すると、
「歩くと息切れする」
「すぐ疲れる」
ようになります。
本人はそれを、「体力が落ちた」と感じているかもしれません。
■昔タバコを吸っていた人ならCOPDも
COPDでは、特に運動したときの呼吸が苦しくなります。
すると、
息切れする
↓
歩かなくなる
↓
筋肉が落ちる
↓
少し歩くだけでも疲れる
↓
さらに歩かなくなる
という悪循環が起こります。
これが長期間続けば、肺の病気と筋肉の衰えが同時に進んでいるという状態になることもあります。
ですから、「歩けなくなったから筋トレしましょう」だけでは十分でないことがあります。
まず、「なぜ歩けなくなったのか?」を考える必要があるのです。
■漢方では「身体全体の衰え」をどう考える?
簡単にいえば、身体を維持する力が不足している状態です。
特に、疲れやすい・食欲がない・身体に力が入らない・少し動くと息切れするという状態では「気虚」という視点から考えることがあります。
さらに高齢になり、筋力が落ちた・足腰が弱くなった・食が細くなった・病気のあと体力が戻らないといった状態では、単に一つの症状を見るのではなく、食事・消化吸収・筋力・睡眠・冷えなどを含めて身体全体を評価することが漢方治療では重要になります。
体力低下に使われる漢方薬として、補中益気湯(ほちゅうえっきとう)はよく知られています。
食欲が落ち、疲労感が強く、身体に力が入らないような「気虚」を考える代表的な処方の一つです。
こちらも病後や慢性疾患などで体力が低下した人に用いられることがあり、食欲低下や疲労、全身状態などを見ながら検討します。
■食べることと動くことはセットです
特に高齢になると、「肉は重いから食べない」「朝はパンとコーヒーだけ」「昼は麺類だけ」という方もいます。
運動だけでなく、十分なエネルギーと蛋白質を摂れているかも確認する必要があります。
ここでも「全員同じ健康法」ではないのです。
■「歩く速度」は身体から届くメッセージ
✓ 家族と歩くと自分だけ遅れる
✓ 横断歩道を渡るのが不安になった
✓ 駅では必ずエスカレーターを使う
✓ スーパーを一周すると疲れる
✓ 階段で息が切れる
✓ 外出する回数が減った
✓ 椅子から立ち上がりにくい
✓ 食が細くなってきた
もし以前と比べて明らかに変化しているのであれば、「歳だから」だけで終わらせないでください。
大切なのは「去年の自分」と比べることです。
70歳の人が30歳の人より歩くのが遅い。それ自体は不思議なことではありません。
大切なのは、「去年の自分より遅くなっていないか」です。
当院では、さまざまな鑑別疾患を考慮したうえで必要に応じて血液検査、心電図、呼吸機能検査などを組み合わせながら評価します。
そして病気があれば必要な標準治療を行い、そのうえで体力低下や食欲低下などに対して漢方医学的な治療を組み合わせることもあります。
それは単なる老化ではなく、身体が教えてくれている小さな変化なのかもしれません。
歳のせいにしてしまう前に、一度立ち止まって身体の声を聞いてみてください。
いつの日も こころ楽しく すこやかに